小川みさ子のホームページ

ず〜っと無所属・鹿児島市議会議員小川みさ子

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 旧どきどき日記(2002年)

「議会どきどき♪わくわく日記」にお立ち寄り!ありがとうございます♪
ごめんなさい!しばらくの間、開店休業です。
どうぞ!ゲストブックまで、足をのばしていただけたら嬉しいです♪あなたのあしあとも残して下さい。
首を長くして、お待ちしています。お気軽に・・・・by 魔女こと小川みさ子


12月18日(水) この梅干は ・・・・・ お通夜での引き出物

園山のおばあちゃんが亡くなった。桜ヶ丘に引っ越してきて隣の森さんが誘って
くれて通い始めた玄米菜食!マクロビオティックの料理教室は迫先生、園山の
ばあちゃんが師だった。。そして、私にとっては、人生観や価値観が大きく変わっ
た出会いだった。陰陽を考えながら料理をするようになり、梅干、味噌、豆腐、
燻製、天然酵母パン、うどん、ソバ、ヨモギや小豆の団子、カッテージチーズ・・・
気がつけば、私はもう、なんだって手造りをするようになっていた。そんな生活を
園山のばあちゃんから学んだ。今年の四月の森の家族の出版パーティの時は
まだ、お元気そうだった。園山農園へ至るいきさつを話して下さっていた。

議会中でお葬式には行けそうもないのでと、お通夜にでかけた。『この梅干は』
故園山ハルエが入院前の6月、鹿児島市五ヶ別府町の自宅で腰かけながら、
漬けたものです!とかかれた引き出物の梅干に思わず、涙がこぼれそうになった。
嫁のいつ子さんのアイデアで、お孫さんたちがパケージして、シールを貼ったのだ
そうだ。この一つを見ても、園山のばあちゃんの生き様が偲ばれた。どんなお菓子
よりも『らしさ』が伝わってきた。死に方がそれぞれの生き方の象徴であるように!





11月3日(日) 原発なしで暮らしたい!今こそ正念場

おはら祭りだった今日は、朝の六丁目公園の早朝そうじを終えて、教研集会に
鹿児島入りされた原子力情報資料室の共同代表で法政大教授の山口幸夫氏
と面談!原子力政策の近況や東電のトラブル隠しの岩波ブックレットを出版され
ることなどを伺った。川内原発の3号機増設の白紙撤回も時間の問題かもしれ
ない。一昨日の民生環境委員会では当局のあまりの問題意識の薄さに驚愕し、
落胆そして怒りというよりも悲しくなってしまった。しかも専門性が高い問題と繰り
返し答弁。命に関わることを専門家に任せて、自分たちで考えて来なかったから
原発依存社会になったんじゃないの?東大からも原子力工学科が消えて久しい。
最前線で働いているのは在日の方やホームレスの人たち等、孫受けひ孫受け!

忘れずにおこう。恥ずかしながら我々、鹿児島県民は東電のトラブル隠し大事件に
救われたのだ。そうでなかったら、須賀知事は今ごろ環境調査ゴーサインを出して
いたかも・・・。否、出していたに違いない。

そう。誤解を恐れずに言わせて貰えば、東電事件に鹿児島県民は救われたのだ!
そうでなければ、知事の原発増設のための環境影響調査「留保」の五つの理由
の中で、最も大きいと言われてきた調査段階で金を貰うと増設への足かせになる
というこだわりの「切り離し論」という交付金の起算時期を柔軟化して欲しい!という
国への要求『電源立地等初期対策交付金』が要望通り増設決定なら環境評価後
の起算で全額もらえるように制度が改正!?されたのだ。つまり、法を変えてでも、
川内原発の増設を成し遂げたい国と九電の思惑通りに事が進み始めた直後!!
だったのだ。推進派県議たちが知事に結論をだして欲しいとの申し入れをした報道
を見て、大急ぎで結論は時期早尚!もし出すのなら白紙撤回を!と申し入れた。

状況がみるみる変わった8月後半だった。東電事件以後、知事は改めて留保!を
宣言。二転三転!」一刻一刻が真剣勝負だ。来年は統一地方選挙だ。原発を争点
にしなきゃ!!川内原発推進派の候補予定者がこの夏、自殺したそうだが良心の
呵責からだろうか?原発増設の動きがなければ、散らずにすんだ命だったのかも
知れない。東電トラブル隠し事件の岩波ブックレットが出来たら、私は再びまんがを
作ろう!頑張るゾー!今が正念場。原発なしで暮らせるのだ!





11月2日(土) 20年ぶりの再会

明後日の『えっちゃんのせんそう』はサンエールの印刷室で知り合った方から
チケットをお預かりし、更に私が二十代の頃、障害者ボランティアでお世話をして
いた川崎君のお母さまが、実行委員会代表をしていらっしゃるとのことで北海道
行きの前々日に追加チケットを持って、我が家まで駆けつけて来て下さったりで、
すっかり、はまってしまった。その当時は五十代であったお母さまは80歳になっ
ていらっしゃって20年ぶりの再開。(ウルウル)感慨深いものがあった。

25年も昔、川崎君のお母さまが車椅子を押したりオンブしたりで奮闘してた私に
『話すことも歩くことも出来ないこの子より私は先に死ねません!』 と言われた
言葉を思い出し、二十代の自分がいとおしくも思え、応援しなきゃ!の一念で、
チケットを売って廻り、大人券も親子券も完売した。

あの頃は母親ではなかった私だけど、『この子より先に死ねない!』と言われた
お母さんの言葉はズシリと重かった。そんなお母さんたちが安心して任せられる
福祉制度を作らなくては!と改めて胸に刻んだ。本当に税金は福祉優先に遣う
べきだ。私も安心して死ねない気分!今問題になっているネグレクトなんて信じ
られない。スクラムにも視察に行ってみよう。






10月19日(土) 高橋君の三月うさぎのティータイム♪市民の庭

高橋明男さんがシュタイナーの翻訳を生業とされていると、知ったのはいつの
ことだったろうか?妻の直子さんと双子姉妹の伸子さんのいつも一緒の三人
に初めて会ったのはいったい何時だったのだろう?私たちは今、あらゆる意味
の差別をとっぱらったグルのような存在の高橋明男氏に出会い学んでいる。
「三月うさぎのティータイム」彼に言わせると、恐らく自分の思想と足元にある
社会のあり方を模索しながら、個々人が繋ぎ、繋がっていく社会実験的な場、
「市民の庭」への序曲ともいえるのかもしれない。毎回、参加できずに残念だけ
ど、今日の「アルブレヒト・ハウスホーファーを知っていますか?」は圧巻だった。

今日の話しを聞いて、私たちは皆で『平和を創る』修行をしているのだなぁ!
と感じた。平和を創るという作業は人を抑圧しない、強制しないということから
始まる。とすれば、個がどれだけ大切にされ、活かされるかがバロメーターに
なる。アルブレヒト氏について権力との向き合い方というものに関心を抱いた。
ストレートに権力と対峙すること&権力の座を射とめ、そこのとこから少しづつ
変えていくというやり方があるとすれば、自分はどちらをよしとするのか?

一瞬にしてドイツの民衆を呑み込んだナチズム=全体主義はヒトラーが民衆の
心理を一押ししただけで、ユダヤ人への憎悪が世界支配への野望が吹き荒れ
ていったのは何も過去のことではない、と高橋氏は言う。更に私たちが生きて
いる現在も米国のブッシュ大統領がイラクを攻撃する!といきり立っている。
昨年のアフガン空爆もそう。犠牲になるのはいつも女性や子どもたち、政府の
思惑とは無関係な市民なのであって、いつの時代でも世界中どこでも繰り返され
る、この民衆の間違った支持、希望の前に混乱する自分に問いをたてて、アル
ブレヒト・ハウスフォーは80篇の詩を残した。それは政治犯として公式な判決も
なしにナチの親衛隊に射殺された彼の遺体から発見された。そして、高橋氏は
その80編の詩を訳そうと、ドイツ大統領の兄で「原子爆弾の製造」積極的に動い
たバァイツゼッカー博士に逢いに出かけたのだ。なぜ?核兵器か?それは「力
=権力による平和」という価値観があると高橋氏。一握りの優れた指導者が愚
かな民衆を導く。「古い世界」の秩序・・・知識も学問も「力」・・・・・・・権力・・・・・。

はたして私たちは違いを認め合い、いろいろな立場の人がそれぞれに好きな
ものを植えて育てる高橋氏の望む「市民の庭」をつくれるのか?1980年代の
後半に私たちは、伊方の闘いの中でニューウエーブとオールドウエーブの争いと
称された溝を作った。朝日ジャーナルなどでもこの溝は紹介された。まさに、この
「古い世界の秩序」との新しい動きとの違和感だったのかもしれないが、結果的
には権力側を喜ばせることになったであろうこの溝をどう分析すればいいのか!?
更に、その溝は新しい動きと古い動きのぶつかりあい!というような単純なもの
ではない!ということも見えてきた。いわゆる権力的であるかないか!
ピラミッド型&アメーバー型の運動展開の徹底的違いなど、関心深いものだった。
たまたまオールドは従来型の団体、組織、政党だったというだけで、その中にも
自由な人がいるように市民運動側にも権威的な人はいる。権威的な人は決まって
名誉やお金を欲しがるので、それを手に入れる為弱い者をいじめたり、抑圧したり
して人権を侵す。どうやら全てがこの方程式に当てはまるようだ。議会の裏と表!
政治とお金!いつまでたっても堂々巡り!だからといって諦めるわけにはいかない。





 

 

10月10日(木) ミニコミ編集から根づいた私の市民運動

『9・11』平和を創る集いでフリージャ-ナリストの大庭里美さんのバークリ市
で開催された宇宙平和集会の報告やフリートークをテープ興しして『あごら』
の来年一月号に特集することになった。『あごら』は30年続いて来たのに、
斎藤千代さんから12月号で廃刊のつもりだったけど、じゃあ!1月号で廃刊
にしましょう・・・などと。本気とも冗談ともとれる答えが返ってきた。

地道に30年、今後、日本の女性史の資料としても大切なミニコミに違いない。
ミニコミと言えば、昨日久々にアナーキストの向井孝氏と風さんからミニコミ
が届いた。1980年代の最期に風さんたちには違いを認め合う運動のスタイル
やミニコミづくりなど多くを学ばせてもらった。非暴力直接行動!も学んだ。

横須賀の松本弘子さんから北朝鮮問題で自分に近い主張だから!という
ことで、週刊金曜日の記事が届いた。松本さんの地道さは『あごら』の30年と
似ている。昔は私もミニコミを毎月発行していた頃がある。その名も懐かしの
『遊ゆう通信』おしまいの頃には一人で原稿を集めて編集していたけど、ちょう
ど、入れ代わりに写真誌(パトローネ)との関わりが深まっていった。今回、気
がついたのだけど風さんのミニコミが手書きでなくなっていた。ミニコミはやは
り手書きがいいよ、風さん!しばらくぶりに連絡をとってみることにした。




 

10月9日(水) 美沙子の愚痴!私って市民運動上がり議員?

『市民派議員になる本』の著者みどりさんの本を毎日、寝ても覚めても枕元
に置いて読んでいる。うなづける事ばかりが書かれていて、この本をバイブル
に政治姿勢だけでなく生き方をも学ぶ議員が増え、この本がベストセラー且
つロングセラーになれば、少しは日本も変わるかも?それにしても、日本の
政治家センセイは『命よりお金』&権力をなぜ、追い求めるのでしょう?

鈴木勢子議員をイジメるための特別委員会設置に動いたのは若手保守だと
聞くから、この際、若さも当てにはできない。女性といってもいろいろだしなぁ。
となれば、市民派議員の本物がどれだけ増えるか!?にかかってくる。みどり
さんと上野千鶴子さんが組んで、市民派の本を出したのもよく分かる。こうなれ
ば、お金、権力、名誉を求める権威的な人とそうでない人とを分けてみた方が
スッキリするのではないでしょうか。

市民派の存在は確かに貴重だと思う。自立した人たちがそれぞれを尊重して
関わり支えあう理想社会の縮図が市民派の集まりだとすれば・・・みどりさんの
言う他者の代弁をするのは市民派ではない!にぶつかる。私はよく世の中で
使われる表現として、〇〇あがりとか〇〇止まりという言葉が大嫌いです。
例えば、私たちはよく、☆さんはPTA止まり、主婦止まり、逆に看護婦上がり、
非常勤上がりなどと耳にします。上がりも止まりもないでしょうに!

そのような発言の多い人は決まって、他者を無意識ながらも差別していて自ら
もいわゆる差別的な人です。私は一昨日、生まれて初めて「市民運動あがり」と
呼ばれました!それも議員から・・・。同じ人から少し前には、反原発のシンボル
とか、ビッグネームと呼ばれ、愕然としました。私たちが目指している、フラットな
関係や社会づくりからおよそかけ離れた発想です。でも面白い!人というのは
何かに対して反応した時に、その人自身が従来から持っている潜在的な価値観
が浮き彫りになるんですね。そんな差別的な人からみると、よく世間で言われる
玉の輿や議員がすごろくの上がりみたいなもんなのでしょうか?「あがり」と言う
からには最終目標ということなのでしょう。議員になることを目標にしたらいけま
せん。議員センセイ!とは、そんな発想から生まれるのでしょう。悲しいものです。


 


2002年10月8日 合併は町村消え市民派&女性議員が激減!

今日はいきなり冬がやってきたような寒い日だった。『わかばの会』主催で、
「女性議員が語る市町村合併!」を11月19日にサンエールで開催すること
になった。市町村合併で町村と共に市民派議員や女性議員は確実に減る。

先週、新潟県青海町の鈴木勢子町議が議員たちから、不当な言論統制にあっ
ているとSOS!を呼びかけたら『わかばの会』の池田議員は即、青海町議会
に抗議をして下さっていたし、怪しげな青少年健全育成法のことも何か変?と
複数の議員が気づくなど・・・真摯な姿勢の議員が多い。でも、こんな議員たち
がいなくなり、土地の有力者といえるような議員が残る・・・!?税金を湯水の
ように使いたがる議員だけが残れるような市町村合併って納得できないぞ!
森脇さんに気を入れて頂き、家に戻ると母から五十肩のお薬が届いていた。
もういい加減、五十肩から脱出したい。本当に全身がかったるくなる。もういや!


 

2002年10月7日 朝一番のビワ・よもぎ・どくだみ茶はいかが?

子猫3匹の様子がおかしい。うるさいほどに走りまわっている。それに五十肩
痛みが伴って眠れない。ついに五時には起きあがって台所で洗いものをしな
がらお茶を沸かすことにした。血液をサラサラにしてくれるといわれるよもぎの
葉っぱそれにビワとドクダミは庭にはえた自家製♪ふと、十年後、二十年後
の自分を思う。こうやって年々、早起きになって、自分のお茶をブレンドするの
が日課になるのかなあぁ・・・・・。独居老人予備軍としてしみじみ思う。

父は60歳くらいでなくなった。祖父もそう。父よりもほんのちょっと歳の多い、
ぎんさんの食生活に興味がある。70代初めとはいえ、素早い行動力と頭の
切れ味の良さ、秘訣は?とたびたび尋ねると緑茶!そこで私は揺らぐ。という
わけで、私は週に数回、このブレンド茶を沸かしポットに!後はぎんさん宜しく
緑茶を飲んでいる。祖父や父より長生きできるだろうか?などと心細げに・・・。

今年夏、鹿児島県下96市町村の学校給食アンケートを、ヒーヒー言いながら
とってみた。なにしろ、項目が19もある。回答率を97%に持ってくるのにもう、
必死。途中、熱心な給食センター長さん?だったか、次の機会に入れて欲しい
アンケート項目を要望して来られた。感激してお話をしたのだが、待てよ!何
でいつも私がとらなきゃいけないの?なんて後で思ったりもしたけど関心を持っ
てもらえただけでも成果あり。いくつか届いた声の中でうちは学校給食に緑茶
をだしていますが鹿児島市は?とのお尋ねがあった。そう言えば、個人質問で
私が緑茶をだしたらどうか?と質問したことがあった。再度、挑戦してみよう。

高くなくてもいいので薩摩焼きに緑茶を学校給食に!そして役所も薩摩焼きに
大島紬のネクタイとか・・・もっと地場産業を身近な生活にも取り入れたらいい!
高級品というレッテルをはずして・・。地産地省って身土不二にも繋がっている。





2002年10月6日(雨の日曜日) 市民派議員になる本!完売

久々に恵みの雨です。お百姓さんたちの喜んでいる顔が目に浮かびます。
『議会どきどき日記』はサーバがギブアップしたので、しばらくお休みしてい
ました。今日、新たに『わくわく日記』としてスタートします。

昨日は、熊本市まで日帰りで「バックアップスクール女性の会」の講師として
出かけ、元気印の女たちとの輪が広がりました。川辺川ダムの運動も身近に
感じることが出来るようになったのも大きな収穫でした。

五十肩の痛みをこらえて、寺町みどり著!上野千鶴子プロデュース
(学陽書房から来る15日発行)の『市民派議員になるための本』を山ほど、
そして、私の『女ひとり地方議会に春一番』なども抱えて行きました。
いつものように売れ残りを覚悟して・・・。ところが嬉しいことに全部、売りきれ、
買いそびれた方から注文まで♪岐阜のみどりさんにさっそくメールしたら編集
担当&上野千鶴子さんに私の嬉しさまで転送♪さっそく鮎トラスト運動に参加。
stop!川辺川ダムのTシャツも買ってきました。もち、Lサイズ・・・

昔、グリーンコープのカタログの図書選定の仕事をしていた頃は、重い本を持っ
行き、一日中、絵本や専門書、実用書に目を通して真っ赤な目になり、福岡を
日帰りをしていたのにあれから十年、熊本でも日帰りはちょっとしんどいなぁ!

行きは仲ちゃんが地域通貨「おーきに」で西駅まで送ってくれて、熊本駅から
国際交流会館までは熊本の100円市電で出かけた。疲れていたけど帰りは、
西駅から指宿線に乗り換え、宇宿駅で降り、桜ヶ丘までは歩きました。
まだ、エネルギーが残っていること&徹底的に公共交通を利用したことが妙に
嬉しいでした。ふだんの生活の中でも、もっともっと歩かなきゃ!環境派の私!

 











 

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